とりあえず感想を一言で言うと、
虚淵玄、自分の好きなもの詰め込みすぎだろwww王道SF要素の役満状態か!でも風呂敷たたみ切ったのはマジすげえ!…というところでしょうか。
いやほんと、この作品ってSFにおける王道要素をほぼ全て網羅してますよね。「SFは売れない」と言われて久しい中、よくここまでやりきったなと。
具体的に列挙していくと、
・電脳世界(=ディーヴァ)
・ディストピア(=ディーヴァ)
・最終戦争後の荒廃した世界(=地上世界)
・ロボット(=アーハン)
・人間性を得た人工知能(=フロンティアセッター。以下「FS」)
・宇宙
と、SFにおいて定番の要素がほぼ全部入りです。もしもこれであとタイムトラベル(ループ物)要素があればダブル役満状態でした。流石にまどマギで一度使っていることもあってかそれは使ってきませんでしたが。
以下、キーワード別にバラバラと感想など書いていきます。
・電脳世界あらすじなどでアンジェラが電脳世界の住人というのは理解してから見に行っていたのですが、他の要素が相対的に濃く、また電脳世界の外のシーンが長いせいか、ゴリゴリのサイバーパンクものという感じは意外にもしなかったです。
サイバー「パンク」要素の方を主に地上世界(リアル世界)の側が受け持っていて、電脳世界は超管理社会(「楽園」)として描かれているので、(例えとして適切か分かりませんが)「バルドスカイ」とかで描かれたような、ネット世界のカオス感みたいな要素は基本的にないです。
サイバーパンク苦手な人でも結構問題なく見れると思われる反面、それだけ目当ての人は少し物足りないかもという気はします。
ですが、電脳世界でのバトルシーンの描き方は迫力たっぷりでした。
映画の始まりからしてディーヴァに侵入してきたFSとの電脳世界バトルで、一気に映画世界に引き込んでくれましたし。
そして終盤の脱出シーンの四角アンジェラが可愛いw
このシーン映画館ではよく意味が分かりませんでしたが、パケットに偽装して脱出しようとしてるから四角なんですね。
パケットっていう電子的な存在なのに見た目はアナログなペーパークラフト風ってアイデアが面白い!
・ディストピアディーヴァを表すキーワードはなんといってもこれでしょうね。
中盤の、ディンゴがディーヴァに来ない理由を語るところの会話シーンが圧倒的でした。
ディーヴァは発達した電脳世界ではあるが、各個人の使えるメモリ(現実世界でいうところの私有財産に当たるものなのでしょう)は、個人の社会への貢献度に応じて厳格に割り当てられており、社会にとって役立つと判断された個人には無限の幸福追求の可能性が与えられる。
一方で、役立たずのレッテルを貼られた者は最低限のメモリで生きるか、最悪の場合アーカイブ凍結(座敷牢に幽閉されているようなもの)になってしまうという、とんでもないディストピア社会であることが明らかになります。
ディーヴァ人であるアンジェラにとっては、社会に役立つ者がより多くを得るというのは当たり前。ですが、それに対する地上人ディンゴの反論は、現代人である我々の胸にも突き刺さるものがありましたね。
うろ覚えだけど
「あんたらディーヴァは、飢えたり病気にかかったりする現実の肉体の制約、「肉の檻」からは脱出できたかもしれない。
だがあんたらは、より多くのメモリを獲得するための出世だけを目的にし、社会の顔色を常に伺って生きるようになってしまった。
肉の檻を出て、より厄介な社会の檻に入り込んでしまったんじゃないか?」…と。
現代人である我々は、普通に肉の檻にも囚われてますし、ディーヴァほどに発達した社会に生きてる訳でもないですが、生きている状況はディーヴァのそれに近いのかな、と。
我々だってできるならディンゴのように自由に生きたい。でも現実にはお金も稼がなきゃいけないし、年金保険料も社会保険料も払わないと何かあった時に困るし…という訳で、つまらない仕事をして、つまらない上司の顔色を伺って出たくもない新年会にも出なくちゃいけない!…という訳です(急に卑近な例えになった!)。
・荒廃した世界ディストピアとして描かれるディーヴァと対照的に、野蛮なはずのリアルワールド(地上世界)の描き方は非常に魅力的です。
埃っぽい埃っぽい言われる割に、夜空の星は本当に綺麗でしたし、アンジェラとディンゴが情報収集に訪れた町でも、人々は生き生きと生きていました。チンピラも生き生きしてましたが。
とりあえずうどんがうまそうだった(小並感)
地上を荒廃させた原因である「ナノハザード」が何なのかは語られませんでしたが、名前から察するにナノマシン技術の暴走か何かなのでしょうか。
ここいらへんの設定は小説版とかで補足されてるんですかね?(管理人は小説未読です。)
・ロボット管理人はロボット萌え(燃え)な人ではないので、あまりここについては語りませんが…好きな人には本当にたまらないんだろうなと思います。
最後の、廃墟と化した町でのバトルシーンなんかは素人目に見ても凄かったですし。
ここらへんはテレビシリーズのアニメではできない、予算と時間のある劇場版だからこその醍醐味ですねえ。
アンジェラの愛機が開始15分くらいで早々にスクラップと化して売っぱらわれたのは笑いましたがw
・人工知能FSが、敵かと思いきやめっちゃいい奴だった、というのはネットの感想でも驚きの声が大きかったようです。
確かに、「人間並みの知性を得た人工知能」って、「2001年宇宙の旅」の例を引くまでもなく、人間に反逆するっていうのが一つの王道パターンですからね。
でも逆に超初期の古典SFなんかだと、「人工知能は人類の友人となれる」っていうのは王道のテーマですよね。
まだ人々が技術の進歩に無垢な期待を寄せていた頃のSF特有のピュア感といいますか。
虚淵玄はSFにも造詣が深いですし、そのあたりは当然意識していたんでしょう。
個人的にはそういうの大好物です。
人間なのにディーヴァの管理社会の下で人間性を失ったアンジェラ
VS 人工知能なのに人間以上に人間らしくなったFS
の触れ合いを通じて、アンジェラが人間性を取り戻していくというのはこのお話の主要テーマのひとつでした。
案外、人間性を失った我々の現代社会も、人工知能という友人を得ることで人間性を取り戻していくのかもしれない…?
・宇宙宇宙を目指す(というか、人類に宇宙を見せようとする)FSというのも、このお話の一つの主要軸でした。
ラストシーン、一人で宇宙を彷徨い続けるFSは、現実に太陽系外探索を続けているボイジャー1号2号を彷彿とさせましたね…。
そういえばボイジャーにも世界各国の歌をのせたレコードが積まれていましたし(ゴールデンレコード)、もしもボイジャーに知性のある人工知能が載っていれば、FSと同じように歌い始めたかもしれませんね。
主題歌と相まって、舞台設定の壮大さを感じさせられました。
・アンジェラそしてこれら膨大な要素の含まれた物語を前にしても決して力不足と感じさせないだけの魅力とエネルギーをもった主人公が、アンジェラでした。
というか、この映画の半分くらいは
アンジェラかわいいで占められているといっても過言ではないです。
もう管理人なんかはキービジュアルのアンジェラちゃんのおっぱいに釣られて見に行ったようなものでしたので大満足でしたよええ。
バリバリのエリートという大人としての社会的役割を与えられていながら、ディーヴァの狭い世界しか知らないという子供っぽい面もあり(リアルワールドでは肉体的にも一応子供)、ディンゴとの触れ合いで名実ともに大人として成長していく…という難しい役どころを、声優釘宮理恵が非常にうまく演じていました。
ロリに定評がありながら、それに留まらない役も幅広くこなせるだけの演技歴があるということで、釘宮理恵は絶妙のキャスティングだったのではないかと思います。
ちなみに管理人、キャスティングを知らずに映画館に行ったのですが、ダメ絶対音感を持ち合わせていないため、上映中、「明らかに聞いたことある声だけど誰だったっけ…?」とずっとモヤモヤしておりました。
どうでもいいですがシナリオで1個だけツッコミどころだと思ったのは、アンジェラとディンゴの出会いのシーン、
アンジェラ「他の奴に先を越されないよう未完成の肉体で来た」
ディンゴ
「だからそんなにロリィなのか」( ゜Д゜)
(゜Д゜)
このおっぱいでロリだと…!?ロリ巨乳と言いたいなら分かるが、これでロリって地上人はどんだけ発育いいんだ!?w
まあ地上は埃っぽいて散々言われてたので多分ディンゴは目にゴミかなんか入ってたんでしょう(適当)
・白淵とはまどマギを筆頭に、黒い展開に定評のある脚本家虚淵玄ですが、監督いわく今作は「白淵」とのことで。
設定のところどころにSF特有の黒さはあったものの、ダークなどんでん返しや人死にもなく(ラストバトル、アンジェラのライバル達のマテリアルボディは死んだかと思いましたが、最後に生きてる描写がありました)、後味の良い作品に仕上がってました。
唯一、虚淵だなあというダークさを感じさせたのは、エンディングロールの途中のディーヴァ上層部たちの台詞ですね。
「保安局のエリートでさえ、地上の民に感化されてしまうということが分かった。これからはもっと統制を厳しくしなければ…」アンジェラ、ディンゴ、FSの3人の物語はハッピーエンドに終わりましたが、その代償はディーヴァのさらなるディストピア化だった。英雄達の幸福の裏には、名も無き大衆の苦しみがある。
結局、アンジェラも、限られたメモリを奪い合うというディーヴァの環境から逃れることはできても、限られた幸福のパイを奪い合うという
世界のルールからは逃れることはできない。肉体の檻を抜け出し、社会の檻からも抜け出しても、そこは世界そのものの不条理さというもっと大きい檻の中…と。
王道エンターテイメントをやりつつも、決して一点の曇りもないハッピーエンドでは終わらせず、こういう問題提起を交えて終わるあたりは、作家虚淵玄の矜持を感じました。
・総評
非常に盛りだくさんの要素を1時間40分でまとめた製作陣の手腕には脱帽というほかないですね。
ただ欲を言えば、2時間とか2時間半とかもっと長い尺で見たかったなと。
特に、ディーヴァの社会がどのように成立しているかは、結局中盤の会話シーンくらいでしか説明が無く、明らかに劇中で映像で(アンジェラのディーヴァでの普段の暮らしぶりという形で)語るべきだと思うのですが、描写がありませんでしたからね。
一方のアンジェラの地上での暮らしぶりも、もう少し丁寧に描ければ、ラストバトルの無音シーン(FSの誘いを断って地上に残る選択をするところ)なんかも、もっと感動できたのにな~と思います。
時間が短いからこそ凄く密度の濃い映画になっている部分もあるので難しいですが。
映像面に関しては本当に凄いの一言で、極上のエンターテイメントであることは間違いないので、もし万一この記事を読んでいる人でまだ見に行ってない人がいれば、是非上映終了前に映画館で見ることをお勧めします。
さて、…それでは管理人はこれから秋葉原に行ってきますので、
アンジェラちゃんが肉の身体では追いつかないほどの快楽(意味深)を貪る薄い本を探してきますね!(長々と語っておいて酷いオチだ)
もし小説版の在庫があったらそれも買ってこよっと。
↑楽園追放の小説版は、ハヤカワ版とガガガ文庫版とふたつあって、ハヤカワ版の方が普通のノベライズ、ガガガ文庫版は前日譚となっているようです。とりあえずガガガ版だけ在庫が見つかったので紹介。
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